声優に関するわりとどうでもいい話

わりとどうでもいい、と書いたのは『みなみけ おかわり』を見たということもあるのだが、こういうことは結構多くの人が語っているだろうからだ。何かというと、男性役の女性声優は多いけど女性役の男性声優は少ないなということだ。そういうのが得意な女性声優は何人か名前が浮かぶけど、男性声優はいるだろうか。確か以前ニコニコで石田彰がおじいちゃん、おばあちゃん、母親、妹、主人公(男)の一人五役をやっていたのをみた(聞いた)ことがあったが、それぐらいかな。テレビシリーズとかで女性役をやっている男性俳優とかいるのだろうか。まあ僕がものを知らないだけかもしれない。
これに関してはもしかしたら科学的に検証できるのかもしれない。つまり音域とかの関係で男性が女性を演じるより女性が男性を演じる方が楽だとか。まあそういうデータがあっても僕はしらないし、仮にそういうデータがあるとある意味この話が仕舞いになってしまうので、違う方面から。
「おかま」の存在があるのかなあと思う。男性が女性に近づこうとすると「女性」にたどり着く前にまず「おかま」に到着する。そう考えるとおかまの役は少なくないと思う。今ぱっと思いつくのは『アベノ橋☆魔法商店街』のバーのママ(?)とか『桜蘭高校ホスト部』のハルヒの親父とか。逆に言うと女性声優の場合「おなべ」のカテゴリーがないから男性役をやるのが容易いのかなと。
僕の勝手な印象から「おかま」なるものを定義づけると、「男性ホモセクシュアル的なものから性的指向性を排除したもの」だ。とりあえずここではこの意味で「おかま」という言葉を使う。おそらくこのおかまなるものはストレート以外の性的指向性を隠蔽するのに役立っている。つまりおかまとは男性のことを好きな男性ではなく、「おかま的な格好や振る舞いをする人」ということだ。だからストレートのおかまもいるわけだし、その点である性的指向性を示すゲイとは異なる。おかまであることはゲイであることのある種のセイフティネットとなりうるのだが、逆に言えばおかまとなり得ない人(二枚目俳優など)にはゲイであることを表明することが非常に難しい。こういう構図が女性にはないのではないか。あったら佐良直美が紅白に出場できなくなるという事態はなかったのではないか(もちろんこのことは実際に彼女が同性愛者であるかどうかは関係ない)。このような状況が同性愛者にどういう結果をもたらしているのか、つまりいいことなのか悪いことなのかは僕にはわからないが、いずれにしても、こういった条件が女性声優が男性役をやることを容易にしているのではないだろうか。つまり女性が男性を演じようとしても「おなべ」というカテゴリーを容易に通過して(そういうものは受け手の印象のカテゴリーにない、といっていいのかもしれない)、「男性」へとたどり着きやすい。しかし男性声優が女性を演じようとすると「女性」にたどり着く前に「おかま」のカテゴリーに引っかかってしまうといううことだ。
こういったことがらは個々の作品にとっては外的なことがらだ。しかし声優およびそのキャスティングというのはそういった外的な要素を考慮しないわけにはいかない。他の部分と比べてそういった外的な要素をより考慮するものだと思う。つまり受け手がどう受け取るかということをフィードバックすることでそれが演出等に反映される。
まあそれはともかく、僕はまだ見たことがないが『シムーン』では登場人物がほとんど女性声優で男性役もすべて女性が演じているらしいが、逆にすべて男性声優の作品も見てみたいが多分需要はないのだろう。