声優とタレント

山寺宏一がアニメ作品への安易なタレント起用を批判痛いニュース

以前にもいったことだが、声優の仕事はもはやアニメや洋画に声を当てることだけではない。ラジオに出演したり歌を出したりと様々な活動を必要とされている。一言でそれをプロモーション活動といっていいと思う。以前のエントリーでは、「声を当てる仕事が技術的に代替可能になったら、声優という職業自体なくなるのではないか」というお題だったので、結論として、様々なプロモーション活動を行うにあたって、声優の役割は重要であり、今後も重要であり続けるだろう、ということを書いた。おそらくコストパフォーマンスがいい、ということだろう。

で、例えばアニメ映画とかでなぜいわゆる専業の声優ではない俳優や芸人が起用されるかというと、それはプロモーションをしてもらうということでしかないと思う。起用する側としては声優としての能力とかはどうでもよくて、起用された人の番組とかワイドショーとかで作品名が連呼されればそれで宣伝効果としては十分だし、おそらく専業の声優よりも高い出演料を補ってあまりある。もし同じ出演料だったらなおさらだ。

そんなことしたらアニメの質は下がってしまうだろうし、何より専業の声優をバカにしている、という山寺の批判はもっともだと思う。そもそも声優の労働環境はむかしからかなり劣悪でいろいろ問題が多かったということはよく聞くが、そういう点からしても専業の声優としては看過できない問題なのだろう。

まあ素人の僕としては雇う側、雇われる側双方にあるだろういろいろな事情を知ることはないし、上に書いた妄想のたぐいが本当だとすれば専業の声優の方は気の毒だと思うが、僕がそう書いてもどうにもなるまい。僕が気になるのは、もし芸人やタレントを声優として雇うことが作品という商品を売りたい側にとってコストパフォーマンスがいいということになるなら、なぜテレビアニメではほとんど起用されていないのかということだ。

何となく普通にアニメを見ている人たちにとっては自明なことのような気がするが、まあよい。まずはお金の問題は当然あるだろう。映画と違っておそらくテレビシリーズの場合は予算がかなり制限されていると思う。あとやはり本業の声優とかに期待しうるプロモーションをやってくれるかって問題もあると思う。キャラソンとかをやるにあたっても所属するレコード会社とかの関係でできなかったりそもそも歌がNGの人もいるだろうし。
そもそもとりわけ深夜アニメにおいて独特なプロモーション、言い換えればメディアミックスが行われるようになったのは、何よりも予算の問題があるのだと思う。広告に大きな予算を割くことができないから、それ自身で収益をもたらすようなキャラソンとかドラマCDとかをある種の広告として活用するようになったと。このおかげで声優は単に見えない俳優というのではない、独特のステータスを獲得していったのだと思う。もちろんキャラソンを出したりラジオをやったりする声優はすべての声優の中でそんなに多くの割合を占めてはいないだろう。しかし重要なのはテレビドラマにでるような俳優と比べて厳しい労働環境にあったことを結果的には逆手に取って活動の場を広げていったということだ。もしかしたら『らき☆すた』とかで京都アニメーションがやっていることは声優という活動のイノヴェーションになっているのかもしれない。

そういう観点からすると山寺の表明した懸念というのは、戦陣たちが厳しい条件の中作り上げてきた声優たちの活動の場をいとも簡単にタレントたちに侵されるということに関する憤りとも読むことができる。もちろんいい仕事をする人であれば専業の声優であろうとなかろうと認めるだろうが。