GONZO『青の6号』:非オタク的なもの

全然関係ないが『ぱにぽにだっしゅ!』の6号ってここからきているのだろうか。髪の毛青いし。まあそれはともかく、この『青の6号』は事実上GONZOの初めての作品らしい。1998年制作。OVAで4巻。漫画原作だが、1967年に連載されたもので、原作は読んでいないがおそらくかなり絵柄など変更があったのだと思う。各所で見かける指摘だが、GONZOというのは原作ものについてはかなりいじるらしい。おかげで原作のファンからかなり評判が悪かったり、また『HELLSING』については原作者にも文句を言われたらしい。
僕としてはこの作品については原作を読んでいないので、あんまりそういうことは考えなかった。どうやらこの作品はOVAとしては世界で初めてのフルデジタルアニメらしい。今見るとそんなにすごいように思えないが、当時は水準はかなり高かったのかもしれない。3DCGというと『ゼーガペイン』を思い出すが、あれはなんかものすごくしょぼい気がして、これじゃあラスボス相手にロボットから降りて殴りかかろうとしたくもなるよなとか思ったが、この作品にはそういうしょぼさを感じることはあまりなかった。まあそういうのは3DCGそのものの質というよりも、全体的なバランスとかに影響されるものなのだろうが。そういえば『ゼーガペイン』は2006年か。

まあ漫画原作を全く知らないのもどうかと思い、見終わったあとマンガ夜話の『青の6号』の回を見てみると、絵柄から何から全然違った。手塚治虫のアシスタントをやっていたこともあって、絵が完全に手塚風。また登場人物も違うみたいだ。OVA版の主人公はオリジナルらしい。もうタイトルだけじゃないのかとか思った。でもマンガ夜話でのいしかわじゅんによれば、作者は設定や潜水艦のデザインにこだわりすぎてストーリーはかなり適当になって尻切れとんぼになってしまったらしいので、ストーリーをどんなに変えられてもあまり気にしない人なのかもしれない。それにしても設定も変えてるしなあ。

アニメとして気になったのは、敵のグループが獣人っぽい感じで、後のGONZOっぽいグロい感じ、もっといえばB級感をすでに出していたということだ。『スピードグラファー』しか比較できるものがないので以後この意見は修正することになるかもしれないが、こういったグロいキャラってのはGONZO作品ではだいたいが無条件な殺戮を望んだり、単純な思考に基づいて行動するものが多い。言い換えると非政治的になる。僕にはそれがある種のいい加減さに見えてしまうことが多い。敵としての強さが獣人の凶暴性とか力強さのみに依っているような印象を与えてしまう。本来ならばゾーンダイクという人の思想を支える技術力とか組織力がより重要なはずだ。そういう部分が「グロさ」とか「狂気」とかでおざなりになってしまうのが僕の好みとしては残念なところだ。

まあGONZOって会社は大きくてたくさんのアニメを作っているので、こういうもんだと一概にはいえないだろうが、「エロ・グロ・ナンセンス」というGONZOのイメージをこの『青の6号』はすでに体現していた(エロはあんまりなかったと思うが)といえるのかもしれない。このあたりがほかの制作会社の作品とGONZOの作品を区別するポイントになっているような気がする。僕の印象だと、アニメにもし「オタク的なもの」と「オタク的でないもの」があるとしたら、その対比は推理小説の本格とハードボイルドの対比に近いのかなとか思っている。前者が細かい整合性にいちいち気を配り、後者はそういうのはすっ飛ばしてむしろ矛盾とか不合理さとかを全面に押し出しその中で生きる人たちを描く。多くのGONZOの作品は後者に分類されうるのではないだろうか。それが岡田斗司夫のいう「GONZOはオタクの敵」っていうことではないだろうかと思った。言い方をかえればGONZO作品はオタクから見たら(オタクだけじゃないと思うが)突っ込みどころ満載ということか。